むねじのつぶやき(市長のフォトレポート)【令和4年10月~12月】
更新日:2022年12月28日
元副市長・鳥居正敏氏を偲んで
去る12月23日(金曜日)夕刻、大野城市元副市長・鳥居正敏氏が逝去されました。
大野城市社会福祉協議会会長として心の込もった法人化50周年記念式典を準備されました。当日は会長手づくりの「感謝カード」がサプライズとして私にも贈呈され、2人で記念写真に収めましたが、これが最後に。(写真は10月14日のむねじのつぶやきより再掲)
平成17年(2005年)に私が市長に就任後、副市長をお願いし敏腕をふるっていただいた恩人です。就任時、私は53歳、鳥居氏は56歳、団塊世代の先輩方とともに土曜開庁や組織改革をすすめたときのことが思い出されます。
鳥居氏は、一級建築士の資格を有し入庁以来、街路事業はじめ市の社会資本充実のために力を尽くしてこられました。副市長としての最初の試練は一般廃棄物の最終処分場建設に向けた地元の皆さんとの交渉でした。ねばり強く、そして誠意をもって福岡都市圏南部環境事業組合組織5市の期待に応えてくれました。
次は、大野城市の長年の夢であった西鉄天神大牟田線の高架事業です。度重なる順延にも負けず、ついに本年8月28日に軌道の高架化を実現することができました。副市長時代の鳥居氏から、高架後のまちの姿を自らペンを握って緻密に描いたグランドデザインの説明を、副市長室で時間を忘れて語ってくれたのが忘れられません。
副市長退任後は、請われて社会福祉法人大野城市社会福祉協議会の会長に就任され、本年10月8日には感謝を込めた法人化50周年記念式典(10月14日のむねじのつぶやきにて報告)が行なわれたばかりでした。
実は、亡くなられた日は服部誠太郎福岡県知事が大野城市に入り、「第3回知事といきいきトーク」が「大野城心のふるさと館」で行なわれていました。鳥居氏も「高架下周辺まちづくり連絡会議」の座長として発表の予定でしたが、急遽の入院で出席が叶いませんでした。意見交換会の席で鳥居氏に代わって出席された山崎貞水氏(高架下周辺まちづくり連絡会議委員)から、鳥居座長の取り組み姿勢が知事に報告されていたのです。・・・鳥居座長は「高架化による空間は大野城市にとっては期待の場所である。残念な結果にならないように、あきらめずに取り組みを続けよう。」といつも熱っぽく語っておられる、と。
昨年4月から始まった服部誠太郎福岡県知事の「知事といきいきトーク」の3回目の訪問地は市制50周年を迎えた大野城市でした。「北コミュニティセンター」と「スタードームまどか」、青少年の居場所「ユープレ」、連続立体交差事業、シビックゾーン、フードパントリー事業(食品の無料配布イベント)などを視察の後、「大野城心のふるさと館」で意見交換会が行なわれました。(写真は「いきいきトーク」の様子。)
入院されてしばらく経った12月17日、私は鳥居氏の携帯に連絡を入れました。とてもつらそうな声でしたが話をしてくれました。「市長!きつい!」と。滅私奉公・公平無私の精神で生涯を貫かれた鳥居正敏先輩、あなたの弱音を初めて聞きました。大野城市のために手間を惜しまず率先垂範で力を尽くしてくださり感謝申しあげます。高架化なった軌道のはるか上空から、故興梠寿徳前副市長とともに、51年目に一歩踏み出そうとする大野城市を見守り、御加護賜わらんことをお願い申しあげます。
突然の訃報に接し、ここに故鳥居正敏元副市長のご功績を称え、御霊の安からんことを衷心より祈念申しあげます。
合掌。
一年間、私のつぶやきをお読みいただき、ありがとうございました。コロナ禍での年越しとなりますが、感染には十分にご留意され、ご家族お揃いにて希望あふれる新年をお迎えください。
(令和4年12月28日 井本 宗司)
注)新年のブログ更新は1月13日からとなります。
心のふるさと館&まどかぴあ巡り【12月17日(土曜日)】
12月17日(土曜日)、大野城心のふるさと館では、たくさんの親子で賑わいを見せていました。
【ここふるメリクリ2022 サンタさんを探そう!】
館内に隠れている「足長サンタさん」を探してプレゼントをもらおうと、子どもたちが館内を四方八方注意深く探検していました。(12月25日(日曜日)まで、参加費無料)
【目加田コレクション富嶽三十六景】
目加田誠・さくを夫妻のコレクションの中から葛飾北斎「富嶽三十六景」複製浮世絵が展示されていました。繊細な構図と色使いは一見の価値あり。(来年1月22日(日曜日)まで、入場無料)
【大野ジョーアンドまどかちゃんとあそぼ】
大勢の子どもたちが「クリスマスパーティdeあそぼ」のイベントに集合。ゲームやダンスで楽しいひとときを過ごしプレゼントもゲット。残念ながら私は応援に間に合いませんでした。
次は、大野城まどかぴあに移動し、初日を迎えた2つのイベントに顔を出しました。
【まどかのメディアート展】
親しみやすく奥深い「メディア芸術」の第4弾、最先端のテクノロジーを駆使したメディアアート作品の展覧会でした。面白い発想と不思議な世界観を体感できる空間が待っていました。早速、私もVRの世界を覗いてみました。(12月27日(火曜日)まで。)
【叫ぶ芸術in大野城~ポスターに見る世界の女たち~】
ポスターが見せる女性たちのユーモアと強い意志と連帯の叫びが聞こえてくるようでした。アスカーラ市民グループ活動支援事業として「i女性会議大野城・春日合同会議」が開催をしていました。(写真はi女性会議大野城・春日合同会議代表の赤井田八千代さんから説明を受けているところ。)
一年納めの師走というのに、新型コロナウィルスによる警報が発令され、3年続けて忘年会や新年会の中止の連絡が多く届いています。子どもたちにとっては、クリスマスや大晦日、そしてお正月と楽しみが詰まった冬休みがやってきましたが・・・。お家の掃除や飾りつけなどもみんなで手伝って、楽しい年末年始を過ごしましょう。
(令和4年12月23日 井本 宗司)
むねリン[川崎宗則氏]登場~野球教室(12月11日)~
公益財団法人大野城市スポーツ協会(井上順吾会長)が毎年行なっているスポーツ界の有名プレーヤー等による指導が、今年はソフトバンクホークスで鉄壁の二遊間を組んだ川崎宗則氏(独立リーグルートインBCリーグ・栃木ゴールデンブレーブス選手)と本多雄一氏(ソフトバンクホークス2軍内野守備兼走塁コーチ・大野城市出身)を招聘しての野球教室として行なわれました。
今回の指導は大野城市立中学校の野球部と中学硬式野球クラブチームの大野城ガッツ(本多コーチの出身チーム)・大野城ボーイズの選手たち134名です。女子硬式野球クラブの九州ハニーズの選手がサポートに入りました。
市制50周年記念事業として見学無料で野球ファンの皆さんに広く呼びかけ、市民球場のスタンドには各チームの指導者、保護者をはじめ一般入場者も大勢かけつけ、両講師の指導に、時々手を振りながら声援を送っていました。
ホークス球場やテレビ画面でしか見ることができない実技を交えた2人の話に、中学生球児も、プロの技を盗もうと、耳をそばたて眼を輝かせて指導を受けていました。
むねリン、ポンちゃん、ありがとう。
(令和4年12月16日 井本 宗司)
市制50周年記念式典(12月4日)<速報>
4月1日のオープニングセレモニーから始まった市制施行50周年記念事業については、これまでこの市長ブログの中で都度つぶやいてきましたが、待ちに待った記念式典を、改修された「大野城まどかぴあ」大ホールで12月4日(日曜日)に開催いたしました。
式典は2部構成で、第一部の式典は記念表彰など「先人たちの想いに感謝」のセレモニー、第二部では「大野城未来づくりフォーラム~未来への飛躍~」と銘打ってノーベル化学賞受賞者の吉野彰氏や大野城市出身の本多雄一氏(福岡ソフトバンクホークス)などの多彩な顔ぶれが揃いました。
【第一部:記念式典~先人たちの想いに感謝~】
【第二部:大野城未来づくりフォーラム~未来への飛躍~】
10年前の40周年の事業では、1,300名を超える市民で「人間空気イス」のギネスに挑戦し、世界記録を達成しました。今回の事業では、7月からペットボトルキャップの回収をお願いし、なんと73万個の色とりどりのキャップが集まりました。式典当日に披露された45,000個のキャップでできたモザイクアートは、地域行事などで市民の皆さんにも協力いただいたもので、縦は約5メートル、横は約10メートルの巨大な作品です。この力作は、これから各コミュニティセンターや市役所南側のまどか広場で展示されます。そして、来年3月31日のクロージングセレモニー後に解体され、他のキャップとともに売却され、発展途上国の子どもたちのワクチン(約730人分)として提供されます。正にSDG’sの実現につながる50周年記念事業として、長く市民の記憶に残ることと思います。
50周年記念事業は、実行委員会の指導もいただきながら、市職員が一丸となって知恵を出し汗をかいてきたものです。職員は、大事業に携わることでグーンと能力を伸ばします。市民の皆様には労いと激励の言葉をかけていただきますと幸いです。
3月31日まで続く誕生年、パートナーシップによるコミュニティ力をもって、次の半世紀への第一歩を10万市民とともに力強く踏み出したいものです。
コロナ禍のなか、各般の事業にご協力いただきました皆様に、改めまして心から感謝申しあげます。
(令和4年12月9日 井本 宗司)
震度6強の大地震発生!!
~市民総ぐるみ防災訓練を実施(11月26日)~
大野城市では、11月の最終土曜日に、子どもから高齢者の方まで市民全員が参加できる「市民総ぐるみ防災訓練」を実施しています。
今年は、警固断層を震源とするマグニチュード7.2の地震が平日午後に発生したと想定。学校は授業中、市役所やコミュニティセンターなども開館中という状況のもとで、11月26日(土曜日)に多岐にわたって訓練が行なわれました。私も3会場を視察。
【訓練の視察報告】
毎年のように起こっている日本列島の地震、地震は必ず来ると覚悟を決めて、日頃の備えを公助・自助ともに忘れてはなりません。大野城市の真下を走る警固断層による大地震が今後30年以内に起こる確率はSランク(活断層の中で高いグループ)の0.3%から6%です。今回の訓練も、国土交通省や自衛隊、警察、消防署、企業、団体など多くの関係機関にご協力いただきました。
大野城市では、いざ災害が起きた時に落ち着いて行動できるよう、市職員対象の各種訓練も、時に予告なしで行なっています。「そなえよ つねに」の精神を浸透させるために、耐震工事や食料等の備蓄だけではなく訓練は欠かせません。
今後も、災害時の連携強化、防災技術の向上、並びに市民の防災意識の高揚を図るための災害対応訓練を行なってまいります。自分のいのちを守るための諸訓練への積極的なご参加をお願いいたします。
(令和4年12月2日 井本 宗司)
福岡共同公文書館の開館10周年記念事業(11月19日)
県と市町村が共同して設置している全国唯一の福岡共同公文書館(筑紫野市上古賀)が開館10周年を迎え、11月19日(土曜日)に記念事業を実施しました。私が管理者を務めている福岡県自治振興組合(一部事務組合・市町村研修所運営)が福岡県と共同で当館を運営しています。
地方自治体にとって公文書は、その地域の歴史を語る大切な資料であり、後世に残すべき住民共有の財産なのです。これらの公文書を一般の方が利用できる状態で管理・保存していくことは県や市町村にとっては重大な責務です。当館が保存している文書は、開館10年で14万冊を超える規模となっています。
また、当館では各種の展示会や講演会、所蔵資料の紹介なども定期的に開催しています。
現在、開館10周年記念特別展「ふくおか あの日あのとき 1972年」を開催中です。1972年といえば、大野城市の誕生年です! 重要な資料の展示もありますので、是非ご覧ください。(観覧無料)
【開館10周年記念特別展のごあんない】
(令和4年11月25日 井本 宗司)
第8回古代山城サミット飯塚大会に出席
11月10日(木曜日)・11日(金曜日)の両日、新型コロナウイルス感染症拡大で延期を余儀なくされていた「第8回古代山城サミット」が飯塚市で開催されました。
古代山城は「大野城」などの朝鮮式山城と飯塚市の鹿毛馬神籠石(かけのうまこうごいし)などの神籠石系山城に分けられます。分布は下図のとおりです。
大和王朝を外敵から守る、いわば古代の防衛施設であり、且つ通信システムともいえる「のろしネットワーク」でもありました。今回は、九州・中国・四国の6つの県から16の自治体の山城人(やましろびと)の参加がありました。
このサミットは、神籠石系山城が所在する9自治体によって「神籠石サミット」として平成19年(2007年)に光市で始まりました。平成22年からは朝鮮式山城が所在する21自治体も加わって30自治体で「古代山城サミット」として、大野城市において記念すべき第1回大会が行なわれました。(第1回は22自治体が参加。)
私は市長就任直後の「神籠石サミット」にもオブザーバーで参加。もちろん、合流後の「古代山城サミット」には全大会出席です。
【飯塚大会の主な内容】
サミットの結びに発表された「第8回古代山城サミット飯塚宣言」にもあるように、サミットを通して強い絆で結ばれた私たちは、「山城人としての誇りを胸に、地域との連携を図り、人づくり、まちづくりに活かすために古代山城の魅力を広く発信していく取り組みを共に進めていくこと」を、参加者全員で改めて確認する大会となりました。
(令和4年11月18日 井本 宗司)
3年ぶり、嬉々として、人集う。
大野城市、秋の一大イベント「まどかフェスティバル」が、11月5日(土曜日)と6日(日曜日)、シビックゾーン(市役所周辺エリア)で行なわれました。
本フェスティバルは、コロナ禍の影響で一昨年は縮小開催、昨年はオンラインでの実施でしたが、今年は感染症対策をとり3年ぶりのリアル開催にこぎつけました。
各会場は、市制施行50周年記念ということもあり、2日間で5万人を超える来場者で、かつての賑わいを取り戻すことができました。
それぞれの会場では、実行委員会の皆さんや各団体の方々が周到な準備で来場者を迎えておられました。2日間ともに晴天に恵まれ、私はほとんどの会場に足を運ぶことができました。
市民と市職員が一体となった手づくりのフェスティバルは、コロナで途切れることなく繋がりました。関係者各位とご来場の皆様に心から感謝申しあげます。
(令和4年11月11日 井本 宗司)
『未来へつなごう!大利っ子』~大利小学校創立50周年~
1973年(昭和48年)4月、大野小学校の分離校として13学級(現在は33学級)で開校した大野城市立大利小学校(黒澤真二校長)が、50周年の節目を迎え、10月22日(土曜日)に記念行事を挙行いたしました。
【第1部:記念式典】
私は、来賓として祝辞を述べる機会をいただきました。
出席の児童は6年生だけでしたが、各教室ではモニター映像を見て式典に参加していました。
校区内には唐・新羅連合軍の攻撃に備え664年に築堤された「水城跡」があります。また、大利小学校の敷地は、アメリカ軍が第2次世界大戦後に占有していた「板付基地」がありました。この大利の地に刻み込まれた様々な記憶を未来につなごうと、学校、保護者、そして地域の皆さんが一体となって「50周年記念事業」は進められてきました。
式典の第2部では、児童たちが考案し創りあげてきた感動の「学習発表会」が準備されていました。
【第2部:総合的な学習の時間(発表会)】
大利小学校では、事業の推進母体として実行委員会(木村寛人委員長)をいち早く組織し、「大利っ子の主体性」を第一に考えた多くの記念事業が計画され、当日披露されました。
【記念事業の紹介】
昭和57年(第3代目野末男校長:故人)には文部省の指定を受け「豊かな心を育て実践力を身につける道徳教育」を主題として研究発表会を開催しています。その研究記録は東洋館出版社から発刊され、大利小学校の名を全国に轟かせました。
大野城市の歩みと歴史をともに重ねてきた大利小学校が、丘の上誇り高くそびえ建ち、道徳教育を深める学び舎として、100年の節目に向けて一段と光り立つことを期待しています。
(令和4年10月28日 井本 宗司)
注)次週(11月4日)の「つぶやき」はお休みです。
秋まつり 4態
大野城市には27の行政区がありますが、コロナ禍で行事をどうするか、各区の役員は頭を悩ませながらも何とか開催にこぎ着けておられます。
夏祭りを延期された4つの区では、「秋まつり」が区民の手づくりで盛大に行なわれました。
私は各区の「まつり」にはできる限り出席するようにしています。
10月8日(土曜日)
10月15日(土曜日)
10月15日(土曜日)
9月24日・25日の「第40回おおの山城大文字まつり」も市制50周年にふさわしく大成功のうちに終了することができました。イベントの成否は事前の準備で決まると言っても過言ではありません。受け継がれてきた歴史と伝統を、誰がいかにして現代に繋ぎ止めるか、そして汗のしみ込んだタスキを次の時代にどう渡し切るか。
執念の秋まつり4態。子どもたちの参加も多く、地域の先輩たちが早朝から仕込んでこられた心づくしの品々が渡されている光景に、「地域はつながった」と、ひとり得心するイベントでした。
(令和4年10月21日 井本 宗司)
つながり よりそう これからも ~社協・感謝の50年式典~
社会福祉法人大野城市社会福祉協議会は、市制が施行されて6ヵ月後の1972年(昭和47年)10月4日に法人化され、50周年の嘉節を迎えました。
福岡コロナ警報も解除され、去る10月8日(土曜日)に、感謝を伝える式典が行なわれました。
[感謝カード贈呈]
これまで支えていただいた14団体・個人に、鳥居正敏会長お手製の金箔をあしらった感謝カードが贈られました。代表謝辞の宮本聖也さんが、死線を越えて毎年誕生日に感謝を込めて寄付をされている話に感動。
大野城市役所職員も善意の寄付を毎年行なっています。私にもサプライズで感謝カードの贈呈があり、感激!(写真右側は鳥居会長)
[赤い羽根共同募金表彰]
8団体・個人に対し感謝状の贈呈が行なわれましたが、陰に陽に福祉活動に尽くしてこられた皆さんに光を当ててくれる表彰でした。(写真は10月1日に市内4ヵ所で行なわれた赤い羽根街頭募金のうち、イオン大野城店の様子)
[フォトコンテスト表彰式]
最優秀賞に輝いた石川裕子さん(瓦田在住)の作品「大好きな君」。
お子さんの優しい表情とバックの青が見る人に何かを伝えてくれます。
[社協ふくしの祭典]
会場となった総合福祉センターは、ボランティア団体のステージやリフトカーの体験コーナー、入浴車の展示、障がい者施設団体などによる物品販売で善意あふれる空間を創り出していました。私も車いす操作のむつかしさを体験。
少子高齢化や地域社会における世代間交流の希薄化なども相俟って、この50年で市民の福祉ニーズは一段と複雑多様化してきています。
加えて、長引く新型コロナウイルス感染症の影響もあり、コロナ後のニューノーマル社会に備えた生活様式を世界中の人々が模索しています。大野城市社会福祉協議会には、これまでの50年の実績を糧に新基軸を打ち出し、わがまちの地域福祉を担う中核機関として、さらに充実発展されることを期待いたします。
(令和4年10月14日 井本 宗司)
超高齢社会における介護と医療について
今日は、10月1日(土曜日)に大野城まどかぴあ・多目的ホールで2年ぶりに開催された「認知症啓発事業」と「在宅医療・介護連携推進事業」について報告いたします。
【10:00~】認知症高齢者のご家族、民生委員や多くの市民が出席して行なわれた認知症啓発事業『みんなで支えよう認知症』のひとコマ。(主催:大野城市)
【14:00~】筑紫地区5市と筑紫医師会が平成30年度から取り組んでいる「在宅医療・介護連携事業」は、輪番により大野城市が2年ぶりに開催。
団塊の世代の皆さんが後期高齢者に届く2025年問題も間近に迫ってきました。大野城市人口の年齢構成は他自治体より比較的若いとはいえ、高齢化率は22.1%(9月1日現在)です。市の総合計画で見ると、令和7年度(2025年度)には後期高齢者が前期高齢者(65~75歳未満)を上回る想定となっています。また、65歳以上の5人に1人は認知症を患うという推計もあり、認知症の方やそのご家族に対する地域全体での見守りや支援体制の確立が、筑紫5市にとっても喫緊の課題となっています。
筑紫管内では、在宅の高齢者の皆さんが、いつまでも住み慣れた地域で暮らしていけるように医療機関や介護事業所などと連携し、高齢者福祉の充実をはかっています。大野城市では、近隣で(コミュニティセンターや公民館など)行なわれている講座やオレンジ・カフェ(大野城心のふるさと館)などへの高齢者の皆さんの積極的なご参加をお待ちしています。
(令和4年10月7日 井本 宗司)
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