大野城をあるく(鏡池)
更新日:2019年12月24日
(広報「大野城」 平成23年9月15日号掲載)
古代の防衛施設である大野城は、有事の際に大宰府政庁の官人や関係者、地域住民が逃げ込み籠城(ろうじょう)する「逃げ城」であったと考えられています。城内で長期間にわたり多数の人々が生きていくために、当然、食料と水の確保が必要です。食料は武器などとともに倉庫で備蓄されていたものと考えられますが、水はどのように確保していたのでしょうか。
鏡池
谷側の斜面
「鏡池」の由来
増長天(ぞうちょうてん)礎石群のすぐそばに小さなため池があり、これが当時の井戸と考えられています。この池では、古来、雨乞いのため鏡を投じたとの言い伝えがあり、「鏡池」と呼ばれています。どんな日照りが続こうと水が涸かれることはなく、水面を鏡のように輝かせています。
「鏡池」の形・大きさ
池は礎石群の平坦面から斜面への落ち際に位置し、上から見ると平面楕円形の大きなすり鉢のような形をしています。池の大きさは、縦17メートル、横14.5メートル、水面も平面楕円形で、縦7.7メートル、横5.5メートルです。水面下の池の壁は、垂直に落ちています。水面からの深さは5メートルほどあると言われています。今回、深さの計測を試みましたが、泥が厚く堆積していて分かりませんでした。同じような構造は「広目天(こうもくてん)礎石群」近くにある「けいさしの井戸」でも見られ、これも当時の井戸と考えられています。
構造と築造技術
池の谷側の斜面を見ると、山のなだらかな斜面が急傾斜に変わり、人工的に土が盛られ、円形の土手が作られているように見えます。本格的な調査が行われていないため正確な築造方法などは分かりませんが、山の斜面の湧水地に穴を掘り、さらに斜面に円形に土手を作ったと想像されます。このような水利技術も、大野城築城の技術とともに朝鮮半島から伝えられたのかもしれません。
「鏡池」は、築造技術や構造、なぜ水が涸れないのかなど、まだまだ分からないことがたくさんあります。現地を訪れて、謎の解明に挑戦してみてはいかがでしょうか。
注:大野城跡へのアクセス方法は関連リンクを参照してください。
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