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大野城市

釜蓋原の弘法大師(釜蓋)

更新日:2019年11月18日

四王寺山の西の麓の集落釜蓋(かまぶた)というところは瓦田(かわらだ)村に属していました。戸数はわずかに十数戸しかありませんが、縄文・弥生・古墳時代の遠い昔から人々が住みついていたところです。村人は純朴で勤勉な人たちばかりで、田畑を耕し山林を育てて生計を営んでいました。

稲の刈り入れも終わり年貢(ねんぐ)納入の準備も済んで冬支度にかかる11月になると、村決めに従って一斉に四王寺山の共有林に入り、冬の間に使う薪と牛馬の秣(まぐさ:牛や馬の飼料となる草)を採りに行きます。

今日も早朝から山支度を整えた村人たちは釜蓋原に集まり、長老の指図により山に入り、それぞれ指定された場所で薪を集め秣を刈ります。夕暮れ近くになりそれぞれに採取した薪や秣をまとめて、再び釜蓋原に集まってきました。この季節でも夕方になると山麓の台地は冷え込んできます。附近の草木を集めて焚き火をはじめました。

みんな一日の疲れも忘れて楽しそうに焚き火にあたりながら輪になって、今年の米のでき具合や、働き者の嫁や可愛い孫の自慢話など、とりとめもない世間話に花を咲かせて、いつまでも焚き火の側を離れようとしません。

そのとき「すみませんがちょっと焚き火にあたらせてくださいませんか」と、薄汚れた旅衣(たびごろも)をまとった1人の旅の僧が近づいて来ました。村人たちは気軽に「どうぞどうぞ」と言いながら、この旅の僧を焚き火の輪の中に入れてあげました。

そして昼の残りの弁当とお茶を出して「こんなものでよかったらどうぞ召し上がりくださいませ」と差し出しました。旅の僧は喜んで弁当を食べながら、今まで廻ってきた諸国の風物や人情などについて話してくれました。村人たちも熱心に聞いておりました。その話の中にはたくさんの教訓も含まれていましたので、感心すると同時に心地よく温かいもので、胸がふくらむような気持ちになりました。

それからしばらくは旅の僧を中心に話が弾みましたが、いよいよあたりが暗闇につつまれてきましたので、誰からともなく家に帰ろうということになり、焚き火に水をかけると白い煙が一面にたちこめて間もなく火は消えてました。

村人たちはそれぞれの荷を背負って帰ろうとしてふと気がつくと、旅の僧の姿はありません。今まで旅の僧が居たところに一塊の石が残っています。折から雲間を出た月の明かりに照らされた石をよくよく見ると、それは一体の弘法大師(こうぼうたいし)の石像でありました。

 釜蓋原の弘法大師(釜蓋)

村人たちははじめて今の僧が弘法大師であったことを知り、今まで聞いていたお話を思い出し、これからもその教訓を守り仲良く仕事に精を出して、みんなで釜蓋の里を豊かで幸せな村にしようと誓い合いました。

そしてこの地にお堂を建てて弘法大師の石像を安置して祀り始め、ここを大師原と呼ぶようにしました。

弘法大師の石像

九州縦貫自動車道をくぐり抜けた大城5丁目に弘法大師の祠があります。祠の裏面には「慶応四辰年九月吉日奉再建、世話人十一人の氏名」が刻まれています。

祠の中には石造の弘法大師と十一面観音座像が納められていて、この弘法大師像が伝説の大師像で、十一面観音は近年奉納されたものといわれています。このためここ釜蓋原を地元の人たちは通称大師原と呼んでいます。

この祠の近くには大師原公園があり、今でも大師原の名前を残しています。

大師堂全景写真
大師堂全景

弘法大師と十一面観音写真
弘法大師(左)と十一面観音(右)

瓦田と釜蓋

四王寺山の中腹からこの釜蓋原一帯は瓦田・釜蓋区の共有林でしたが、昭和51年の特別史跡大野城跡の指定拡張に伴い、標高100メートル以上は大野城市に買い上げられ、残りの釜蓋原一帯は平成元年からの区画整理事業により分譲住宅として開発されました。しかし、大師堂のある土地は周辺の樹木とともに大師堂敷地として残されました。

区有林の手入れは秋の収穫期または取り入れ後の農閑期を利用して行われていましたが、この日は山の手入れが終わると夕方から、釜蓋原の大師堂の前で懇親の慰労会が行われていました。戦後は個人宅で行われるようになっていましたが、大野城跡指定拡張による売却処分後は手入れ作業もなくなり、慰労懇親会もなくなりました。

ただ、弘法大師の例祭日である4月21日には、市外に出ている人や嫁に行った人たちも里帰りして、家族親族一同が久しぶりに顔を合わせて大師堂にお参りし、近所の人々とも旧交を温めています。

地禄神社と遥拝所

大野村の時代、釜蓋は瓦田に属していました。釜蓋に住んでいる人は御笠川を渡って瓦田の地禄神社で瓦田の人々と宮座を一緒に行なっていました。しかし、距離的に遠いこともあり明治22年に釜蓋に地禄社を遥拝所として建立しました。

大野城市北部位置図
瓦田と釜蓋(大野城市北部位置図)

釜蓋地禄社(拝殿)写真
釜蓋地禄社(拝殿)

このページに関する問い合わせ先

教育部 ふるさと文化財課 啓発・整備担当
電話:092-558-2206
ファクス:092-558-2207
場所:大野城心のふるさと館1階
住所:〒816-0934 福岡県大野城市曙町3-8-3

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